Various pilgrimage travels

あの頃の夢・ロータス・ヨーロッパ

ロータス・ヨーロッパ

昭和50年代前半に起こったスーパーカーブームを体験した人間にとって、ロータス・ヨーロッパほど思い入れのあるクルマはないかもしれません。週間少年ジャンプで連載していた池沢さとし氏(池沢早人師氏)の「サーキットの狼」が人気となり、日本国中がスーパーカーブームとなりました。
「サーキットの狼」では、当時の日本ではあまり馴染みのなかった欧州のスーパーカーが続々登場し、狂喜乱舞した思い出の人も多いかもしれません。

インターネットのない時代、欧州車の情報も乏しく、それだけに世界には魅力的なクルマが数多くあることを知りました。
その中で、主人公の最初の愛車がロータス・ヨーロッパだったこともあり、この世代には特別なクルマとなる人も多くいました。

排気量が少なく、最高速で劣るロータス・ヨーロッパですが、ミッドシップによるコーナリング性能で他車を圧倒する展開など、かなり興奮して読んだ記憶があります。

このロータス・ヨーロッパですが、ロータス・セブンの後継モデルとして登場し、今では考えれないほどの軽量を実現し、しかも比較的廉価であった点があります。販売数は合計で9,230台でした。

特にミッドシップは高価なフェラーリやランボルギーニの専売特許のような状態で、わずか1,600ccのクルマで純粋なスポーツカーを実現したことが注目に値します。
最高出力、要するにパワーも小さく、1972年に登場した最終型のスペシャルですら126馬力しかありませんでした。それでもこの最終型でははツインカムエンジンを通称ビッグバルブとよばれるものに変更してチューンしたり、インテークバルブの大型化、高圧縮比化などが行われていました。

ごくごくたまに、ロータス・ヨーロッパを街中で見かけると、それだけで嬉しくなります。
スーパーカー世代の、あの頃の「血」をまだ秘めている証拠なのかもしれません。